鳥獣被害を地域資源に変える:地域協働型ジビエ事業による地方創生と生態系保全
はじめに:鳥獣被害と地方創生への新たな視点
地方自治体が直面する課題の中でも、野生鳥獣による農作物被害は深刻な問題の一つです。特に過疎化・高齢化が進む地域では、被害が農業意欲の減退に繋がり、さらなる地域衰退を招く悪循環に陥ることも少なくありません。こうした状況に対し、単なる駆除に留まらず、捕獲した鳥獣を地域資源として有効活用し、経済活動と生態系保全を両立させる「ジビエ事業」が注目を集めています。本記事では、この取り組みを通じて地方創生を実現した事例とその実践的なノウハウについて解説します。
事例の背景:深刻な鳥獣被害と地域経済の停滞
架空の自治体「山間町」(仮称)では、イノシシやシカによる農作物被害が長年深刻な問題となっていました。年間被害額は推計で数千万円に及び、特に高齢農家にとっては、収穫前の苦労が報われない状況が続いていました。これにより、耕作放棄地の増加や農業従事者の減少が加速し、地域経済の基盤が揺らいでいたのです。駆除活動は行われていたものの、捕獲された個体の多くが有効活用されず廃棄されており、資源の無駄遣いであるという指摘や、捕獲圧が個体数管理に十分寄与しているとは言えない状況も課題として認識されていました。
具体的な取り組み内容:地域協働型ジビエ事業の構築
山間町では、この課題に対し、地域全体で取り組む「山間町共生型ジビエ推進プロジェクト」を立ち上げました。
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推進体制の構築:
- 町役場(農林課、商工観光課)、地元の猟友会、農業協同組合、観光協会、地域の飲食店経営者、ジビエ加工業者(町外の事業者も含む)が一堂に会し、「山間町ジビエ推進協議会」を設立しました。自治体が事務局となり、情報共有と合意形成を促進しました。
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衛生管理と流通体制の整備:
- 捕獲された鳥獣を高品質な食肉として流通させるため、初期段階で国の補助金等を活用し、高機能な解体処理施設を整備しました。この施設は、食品衛生法に基づく営業許可と、HACCPに沿った衛生管理基準を満たすよう設計されました。
- 猟師に対しては、捕獲から搬送までの適切な処置に関する研修を義務付け、肉の品質維持を徹底しました。
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商品開発と販路拡大:
- 加工施設で処理された肉は、地元飲食店への供給に加え、レトルト食品やソーセージなどの加工品としても開発されました。
- 道の駅、インターネット通販、都市部のレストランとの契約を通じて販路を拡大しました。特に、ジビエ肉の特性を活かしたレシピ開発やブランド化に注力し、高付加価値化を図りました。
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地域住民への啓発と参加:
- ジビエ事業への理解を深めるため、試食会や料理教室を開催し、食文化としてのジビエを浸透させました。また、学生向けの教育プログラムとして、命をいただくことの尊さを学ぶ機会も設けました。
実践的なノウハウ:導入と運営のポイント
- 予算規模の目安: 解体処理施設の初期投資は、規模によりますが、数千万円から1億円程度が必要です。運営費としては、人件費、光熱費、物流費、衛生管理費などで年間数百万円から数千万円が見込まれます。国の鳥獣被害対策交付金や地方創生推進交付金、農林水産省のジビエ利用拡大支援事業などを積極的に活用することが重要です。
- 法的な側面:
- 食品衛生法: 食肉処理業、食肉販売業の営業許可が必須です。HACCPに沿った衛生管理計画の策定と実施が求められます。
- 鳥獣保護管理法: 捕獲には都道府県知事の許可が必要であり、捕獲頭数や捕獲方法に関する規制を遵守する必要があります。
- 専門人材の確保: 獣肉の解体処理技術者、食品衛生管理者、営業・マーケティング担当者など、多岐にわたる専門人材の育成・確保が成功の鍵となります。既存の人材への研修や、Iターン・Uターンを促す施策も有効です。
- 品質管理の徹底: ジビエ肉に対する消費者の不安を払拭するためには、捕獲から流通までの一貫した衛生管理と品質保証が不可欠です。トレーサビリティシステムの導入も検討に値します。
成功要因と課題・失敗から得られた教訓
- 成功要因:
- 多様な主体による連携: 猟師、農家、自治体、民間企業、消費者が一体となって事業を推進したことが大きな力となりました。特に、猟師が単なる駆除者ではなく、高品質なジビエ肉の供給者として事業に参画できた点が重要です。
- 高付加価値化戦略: 単なる安価な肉としてではなく、「安心・安全」と「地域ブランド」を前面に出した商品開発とプロモーションが、都市部の需要を喚起しました。
- 住民理解の促進: 丁寧な情報公開と参加型イベントを通じて、地域住民がジビエを「有害鳥獣駆除の副産物」ではなく「地域の恵み」として捉えるようになったことが、事業の安定的な継続に繋がりました。
- 課題・失敗から得られた教訓:
- 初期の設備投資と運営コスト: 衛生管理を徹底するための施設整備には高額な初期投資が必要であり、資金計画の甘さから運転資金が枯渇寸前になった時期がありました。補助金だけでなく、クラウドファンディングや企業版ふるさと納税の活用など、多角的な資金調達が求められます。
- 販路開拓の難しさ: 高品質なジビエ肉であっても、当初は消費者や飲食店の抵抗感があり、販路開拓に時間を要しました。試行錯誤の結果、有名シェフとのコラボレーションやイベント出展が有効であることが判明しました。
- 人材育成の継続性: 熟練の猟師の高齢化が進む中で、若手猟師の育成やジビエ加工技術者の確保が依然として課題です。持続可能な事業運営のためには、後継者育成プログラムの確立が不可欠です。
得られた効果と評価
山間町のジビエ事業は、開始から5年で以下のような具体的な効果を生み出しました。
- 野生生物保護の観点:
- 計画的な捕獲と資源活用が進み、農作物被害をもたらすイノシシ、シカの個体数が適正水準に近づきつつあります。農作物被害額は、事業開始前に比べ約40%削減されました。
- 捕獲された鳥獣の廃棄量が大幅に減少し、持続可能な野生動物管理の一環として機能しています。
- 経済活動の観点:
- ジビエ関連産業(解体処理、加工、流通、飲食店)において、年間約1億円の売上を創出し、新たに15名の雇用が生まれました。
- ジビエ料理を提供する飲食店が増え、観光客の誘致にも貢献しています。特に、毎年開催される「山間町ジビエ祭り」には、町外から数千人の来場があり、地域全体の活性化に寄与しています。
- 地域の農産物とジビエを組み合わせたセット販売など、新たな経済効果も生まれています。
応用可能性と今後の展望
山間町の事例は、他の鳥獣被害に悩む地域においても大いに応用可能です。
- 地域特性に応じたカスタマイズ: 捕獲される鳥獣の種類や地域の食文化、観光資源の有無など、各自治体の特性に合わせて事業モデルを柔軟に調整することが重要です。
- 小規模からのスタート: 最初から大規模な施設を整備するのではなく、既存の施設を活用したり、近隣自治体と連携して共同利用したりするなど、費用対効果を考慮した段階的な導入も有効です。
- 連携の強化: 猟友会との密な連携はもちろん、地域住民、観光業者、教育機関、研究機関など、多様な主体との連携をさらに強化することで、事業の幅が広がり、より持続可能なシステムを構築できます。
- 今後の展望: 山間町では、ジビエ肉をペットフードや革製品など、食肉以外の用途にも展開する計画を立てています。また、ジビエ体験ツアーや狩猟文化を学ぶプログラムを充実させ、地域固有の文化としてジビエを定着させることを目指しています。これらの取り組みは、地方創生をさらに加速させ、自然と共生する持続可能な地域社会の実現に貢献するでしょう。
まとめ
鳥獣被害問題は、単なる駆除の対象として捉えるだけでなく、地域資源として捉え直し、経済活動と生態系保全の両立を図る新たな視点が必要です。山間町のジビエ事業は、地域の課題解決と活性化を同時に実現する具体的な成功事例として、多くの自治体にとって参考となる知見を提供しています。費用対効果、法的な側面、多角的な連携など、本記事で紹介した実践的なノウハウが、皆様の地域における野生生物との共生に向けた一歩に繋がることを願っております。